4つのオペラ 北部イタリアオペラ

四つのオペラを観てK.518 水谷 康男
2016年もまもなく半年が過ぎようとしております、会員の皆様はいかが音楽生活をお過ごしでしょうか? 
 ここ名古屋、そして愛知、東海地方と開催されるコンサートはあふれんばかりの数です。日本国内、特に関東圏のコンサートに至っては、毎日毎晩いくつもの演奏会が大小数々のホールで開かれており、体が(お金も)いくつあっても足りない状況です。また、インターネットを通じて、世界各地のコンサートをライブ映像で見ることもでき(これは時差の関係で、日本では深夜になることがほとんどだが)最新録音の演奏(CDはじめ、LP、デジタルデータなど)も、メジャーレーベルは減少の一途ですが、国内のCDについては、私家版、そしてマイナーレーベルなどその数は、とても把握できないほどおびただしい数となっています。
 また、放送については、公共放送のクラシック番組は、改編の度に減少してきておりますが、インターネット、有料放送(クラシカジャパンなど)、などの新しいメディアに目を向ければ、ほぼ世界中の録音・録画が手に入るという便利な世の中になってきたものと思いますし、こうしていろいろなメディアを考えるだけでも頭が一杯になってしまうのですが、いくらあっても体は一つ、いずれかに的を絞る以外はありません。 
 その中で、再現できない瞬間を共有するという点で、今の私は生の演奏体験が一番好きです。それだからこそ、普段ではできない体験を求めて、昨年来計画してきた北イタリアのオペラツアーを13名のメンバー(と知人5名)参加のもと5月に6泊8日で実行したのです。
 時代的には、テロの危険も伴う厳戒態勢の中で、無事、3つのオペラを最高の席で体験してくることができました。以下は、その三つのオペラ体験と帰国後の新国立劇場の体験から思ったことを書き綴りました。
① 5月18日(水)午後8時開演(午後11時10分終演)ミラノ・スカラ座 
 プッチーニ:西部の娘主なキャスト  
ミニー: バーバラ・ハーヴェマン ジャック・ランス: クラウディオ・スグラジョンソン: ロバート・アロニカ
指揮: リッカルド・シャイー
演出: ロバート・カーセン ミラノ・スカラ座管弦楽団 
 合唱団事前にスカラ座博物館を見学していたこともあって、歌劇場の雰囲気は最高で、しかも平土間中央ブロックの席を取ることができたので(一般発売日初日に直接確保)期待はいやがうえにも高まります。が、最初のオケの音を聞いた瞬間、あれっ、合唱ももう一つ迫力無し! 主役ミニーの声が全然聞こえてこない、少しオーバーですが、世界最高のオペラ劇場という期待値が高かっただけに、大満足とはいかなかったということです。実際には、幕を追うごとに、主役の声も出てきましたし、合唱の迫力も増してきて、最後は充実感で満たされました。しかし、終演後のカーテンコールは盛り上がらないままでしたので、あながち私の独りよがりの感想だけではないと思います。大丈夫か?スカラ座 というのが偽らざる個人的感想です。
② 5月19日(木)午後8時開演(午後11時終演)トリノ・レージョ劇場
 ドニゼッティ:ランメルモールのルチア主なキャスト 
 ルチア:エレーナ・モシェク
 エドガルド:ジョルジョ・ベッルージ
 エンリーコ:シモーネ・デル・サヴィオ
 指揮:ジャナンドレア・ノセダ
 演出:ダミアーノ・ミキエレット トリノ・レージョ劇場管弦楽団および合唱団 地味な外観とは裏腹に、中へ入ってみると歌劇場としては近代的な雰囲気で、赤で統一されたゴージャスな雰囲気が素晴らしいものでした。
 全員の席が中央上手1,2列目というよい場所でしたので、歌手の表情も、指揮者の指揮振りもよく見えました。肝心の演奏はとても熱気の入ったもので、ノセダの情熱的な指揮によるアグレッシブなオーケストラと、ルチア役のモシュクはじめ共演陣の歌唱と合唱の迫力に圧倒され、前日のスカラ座よりも満足のいくものとなりました。
③5月20日(金)午後7時開演(午後10時終演)
 ヴェニス・フェニーチェ劇場 ヴェルディ:椿姫
主なキャスト  
ヴィオレッタ: ジェシカ・ヌッテオ
アルフレード: イズマエル・ジョルディ
ジェルモン: ルカ・グラッシ
 指揮:フランセスト・イワン・チャンパ
 演出:ロバート・カーセン フェニーチェ劇場管弦楽団および合唱団
 阪神大震災の年に、この劇場を訪れたことがあるのですが、その時は、かなり客席の設備が痛んでおり、演奏内容と共にがっかりした記憶があるのですが、その後この劇場は火災で消失。現在は、前の建物そのままに再建しただけあって、その外観は地味でも、内部はとてもきらびやかで美しい劇場に生まれ変わっておりました。演奏メンバーは、私には初めての人たちばかりで、フレッシュな若手中心という印象でしたが、その気迫あふれる歌唱と演技には、とてもさわやかなものを感じました。今回では、いちばん有名な作品だったので、きわどい部分もあった演出にもかかわらず、なぜか安心してオペラの世界に浸れました。
④ 5月26日(木)午後2時開演(午後7時終演)新国立劇場
ワーグナー:ローエングリン
ハインリヒ国王:アンドレアス・バウアー
ローエングリン:クラウス・フロリアン・フォークト
エルザ・フォン・ブラバント:マヌエラ・ウール
フリードリヒ・フォン・テルラムント:ユルゲン・リン
オルトルート:ペトラ・ラング
王の伝令:萩原 潤
ブラバントの貴族:望月哲也、秋谷直之、小森輝彦、妻屋秀和
指揮 : 飯守泰次郎 
演出 : マティアス・フォン・シュテークマン
管弦楽:東京フィルハーモニー交響楽団 
合唱:新国立劇場合唱団(合唱指揮:三澤洋史)
 新国立劇場2015/2016シーズンの最後を飾るにふさわしい前評判の高かった公演である。実際に、出だしのオケ、そして歌手の第一声(王の伝令:萩原 潤)から、最後まで一貫して高水準の演奏で貫かれ、とても熱い指揮・オケ・合唱もあって、聴くものを圧倒的なワーグナーの世界へと引き込んでくれました。とりわけ世界を席巻するクラウス・フロリアン・フォークトはじめ5人のメインキャストの粒ぞろいの歌唱は、本場ヨーロッパ以上の感動を受けました。
 こうして、ほぼ連続して4回もオペラを観て率直に感じたことは、音楽雑誌などの噂よりも実際に行ってみることに尽きるということです。今回の場合に限ってのこととはいえ、日本での(新国立劇場での)オペラ上演の質は、決して欧米の最高水準の歌劇場と引けを取らないまでのレベルに達してきているということが体感できたのです。もちろん、それぞれの会場の雰囲気(ハードだけでなく周りの聴衆までも含めて)の違いはあるものの、海外の上演でも字幕はいずれも(ただし現地語か英語しかないが)完備されているなど、また、インターネットを利用すれば主な歌劇場のチケットは座席も指定して購入できる時代になったので、その気になれば(といってもそれなりの費用と時間が必要だが)世界中のオペラハウス、コンサートホールを個人で飛び回ることも可能なわけで(現に当会会員で、まさにそれを行っているうらやましい方も見えるわけだが)、それら海外の劇場も新国立劇場が音楽的には何ら遜色がないし、逆に英語が読めなくとも単語などでそれなりの歌詞が海外の劇場でも理解できることが分ったということも、私にとっては大きな成果でした。
 今回の一連の体験では、新国立劇場「ローエングリン」とレージョ劇場「ランメルモールのルチア」の二つが圧倒的な演奏だった。
 チケット代(すべてS席でした)だけを考えれば、安い方の2演目が、高い方の2演目を上回っていたという皮肉な結果でもありました。
 移動費用を考えれば、国内公演の新国立劇場が、お値打ちで、あとはオペラを鑑賞するという雰囲気にどれほどの価値を考えるかによって、選択すればよいのではないか。特に海外からの引越公演の高いチケット代を払うのなら、観光もできる現地鑑賞の方が魅力的とも思えます。
 また、実際に行かれた方から、いろいろと聞いてみたいし、もっともっと体験したいという気持ちが募るばかりというのが、いちばんの結果となりました。

※なお、舞台写真は、各劇場のホームページより流用、歌劇場の写真はこのツアーでの撮影写真。