ワーグナーのオペラは苦手です。
長~い、難解である、押しつけがましい、人物ごとのライトモチーフなどを覚えるのが面倒である、オーケストラ特に金管楽器のボリュームに圧倒される、和音が少なくくつろげない、
情緒的でないので感情移入ができない……。以下省略。
敬遠しているワグナー・オペラのなかで、私が唯一好んで観ているのが「トリスタンとイゾルデ」です。数多いオペラの殆どはA boy meets a
girl ,男女の出会いとその恋模様が喜劇なり悲劇になつていますが、このオペラで歌い上げられる宿命的な愛と、死によるその完結は類を見ないもの。究極の、大人の恋愛オペラである、と私は思っています。
今回のメトで演出したM.トレリンスキーはポーランド生まれで、ポーランドの国立歌劇場芸術監督だそうですが、シュールなセンスの人。
簡素な舞台装置で、このオペラのテーマに欠かせない「夜Jと「海Jを表現しています。操舵席の丸窓から見えるのは常に暗い夜の海。
不吉にうねる波が未来の運命を暗示します。丸窓がタロットカードの「Wheel of fortune・運命の輪」でしょう。最後に傷ついて息絶えるトリスタンも、その傍で自死するイゾルデも、舞台ははるか表面に雲のただよう、海の底なのです。
今回のイゾルデの激しさには驚きました。婚約者を殺された怒り、敵王の花嫁として連れて行かれる屈辱を絶唱してトリスタンを打ちのめします。次に毒薬と間違えて飲む媚薬ですが、私の持論として、お互いにひかれ合う潜在意識がすごく強いはずなので、媚薬は蛇足だと思っていまして、現にこのシーンのない演出もありました。しかし、今回のように激しい憎しみに燃えているイゾルデには、その激情を恋情に転換させるため、また罪悪感があるために一歩退いているトリスタンを踏み出させるために必要だつたかと思い直したりしました。
(ニューヨーク・メトロポリタンオペラハウスは今年で50年を迎えたそうです) |