オテロという名の悦楽

2015 名古屋オペラサロン春のオペラツアー
オテロという名の悦楽
     
都築正道
名古屋モーツァルト協会顧問
(名古屋オペラサロン主宰者)
【盛大な見送り】  名古屋からバスを仕立てて、滋賀県のびわ湖ホールへヴェルディの歌劇《オテロ》を観に行った。3月7日(土)と8日(日)の二日公演の内、二日目だ。オペラファンばかりが45名も乗って、現地集合も含めれば50名だ。バスがテレビ塔の駐車場を出たときには、名古屋市民が沿道に群がって旗を振って盛大に見送ってくれた。ちょうど名古屋ウーメンズ・マラソンの日(2015年3月8日・日曜日)であったからだ。前日の土曜日には、びわ湖ホールから取り寄せた当日のプログラムを読みながら、《オテロ》の映像を観て、みっちり2時間予習をした。
【大盤振る舞い】  バスはお昼前に琵琶湖ホテルへ着いた。お昼を、和食の「おおみ」でとった。豪華な二段の折り詰めに山菜煮や鴨や初のタケノコなど煮物に揚げものに焼き物に強い肴から酢の物がぎっしりと入っている。それに近江牛のすき焼きにお刺身に海老と野菜の天麩羅までついての大盤振る舞い。「もう、これで充分。オペラなんか観なくてもいいわ」とグルメのご夫人方。
男どもは、これだけの数の肴を前に黙って食べている手はないので、お酒やビールやワインが欲しい - が、大方の紳士たちは、オペラを前に自粛していた。《オテロ》の第1幕で、イアーゴの奸計にかかった副官のカッシオが散々酒を飲まされて、職務放棄で首になったのを昨日の予習で知っていたからだ。飲み助にとっては、酒はオペラの敵だ。「早く仇に巡り会いたい」だろうが、帰りのバスまでお預けである。
【山笑う】  時間をかけておしゃべりと美食を楽しんだら、さあ、びわ湖ホールへむけて出かけよう。最高のお天気だ。湖水の果ての比良の山々も明るく笑っている。山笑う春だ。歩きたくない無精な人は、ホテルの入り口に待たせてあったバスで出かける。そよ風をうけて散策しながら、琵琶湖とは反時計回りに湖畔を巡れば15分でホールに着く。だが、間違っても左回りに行ってはいけない。時計回りに湖水を行けば、ホールに着けなくはないが、三日はかかる。
【開場と会場】  開場は1:15、開演は2:00。会館の前で写真を撮ったり、コーヒーを飲んだり、毎年ここで会う友だちを探したりしている間に開場。無事会場に入って自分の席を確認してから、またロビーにもどって今度はロビーからガラス越しに琵琶湖と比叡山と湖水をながめて感嘆していると、間もなく開演。席に座って、あらためてプログラムの写真を見て配役の顔を確認しておく。だが、ここでは、人物の声や背の高さや大きさまでは分からないので、失望することもあるし、儲けた気になることもある。見てのお楽しみだが、今回は儲けたことになった。
【はじめよければ】  指揮者の沼尻竜典が登場して、序曲が激しく始まり、第1幕の幕が開いた。いつもながら、このホールではオーケストラが素晴らしくよく響く。オテロ登場の一声に会場中の緊張感が高まる。「喜べ! 傲慢なムスリムどもは海に葬られた!」(Esultate! L'orgoglio musulmano!)とアントネッロ・パロンビの雄々しい声が響き渡る。これだけで遠路はるばる来た甲斐があった。歴史と時代を現す雄弁な衣装も、大きな木材を多用した豪華な装置も、合唱の幅広い重厚さも、多国籍人たちのメイキャップも、どれも、それぞれに目を楽しめませてくれる。このことは、同時に、演技の分かりやすさ、音楽の分かりやすさ、台詞の分かりやすさ、ひいては、オペラのわかりやすさへと観衆を導いていく。上々の滑り出した。オペラは、はじめよければすべてよしだ。
【カーテン】  オペラハウスと他の多目的ホールとの格差は、瞬時に、シュッと落ちてくるオペラカーテンがあるかないかだ。このびわ湖ホールには折角立派なオペラ・カーテンがあるのに、幕切れで落ちてくるタイミングが悪く、オーケストラの最後の音「ドン!」と合わないのはもったいない。むろん、それ相当の技術が要るが、お客にとっては、これも、オペラをオペラ座で見る醍醐味の一つだ。
【ホルンが生える】  「オテロが『額が痛い』といったときホルンが鳴りましたね」と講座の優等生の毛利美代子さんはいう。その通りで、西洋には、古くから、女房に浮気された夫の額には「角」(ホーン・ホルン)が生えるという言い伝えがある。「《フィガロの結婚》の講座で、先生がおっしゃったことを覚えていたのです」と毛利さん。モーツァルトでも、ロッシーニでも、ヴェルディでも、リヒャルト・シュトラウスでも、こういったシーンでは決まってホルンが鳴るのだ。さすが毛利さんで、よく気がついた。実際のオペラ見物では、舞台の演技や脇の字幕に気をとられても、オペラの常識を学んでさえいれば、肝心の音楽を聴くのを忘れることはない。
【オペラの自然主義】  「キャッシオは、もっと美男子の方が良かった」と名古屋モーツァルト協会の会員の金子雅子さんがいう。この意見はもっともだ。金子さんは、優れた「リベラリスト」で、最近流行の言葉では「プラグマティスト」だ。おかしいものはおかしい、気に入らないものは気に入らない、変なものは変、ウソ・偽りを嫌う。理屈や言い訳や時流に乗ったものにだまされないのだ。オペラ歌手は声さえよければいい、姿さえよければいい、演技さえよければいい - だが、この三つを同時に満足させて初めてオペラ歌手だ。パヴァロッティの歌は最高だ - それで、容姿や演技の不足は充分に補ってあまりある。これもオペラ歌手だ。そのときの舞台を、不自然でなく、充分に満足させてくれればいい。
【恐い照明】  照明(担当:笠原俊幸)も、劇的に良く出来ていた。終幕で、デズデモナが「アベ・マリア」を静かに歌い終わると、照明が、部屋の隅にもう立っているオテロを映す。観衆にとって、これは驚きだ。いつものオペラ演出なら、寝室に、死に神のようなオテロが、殺意をむき出しに入ってくるのを見せ場とする。だが、今回の演出では、オテロはすでに部屋の暗闇の中にいて、デズデモナの祈りの歌を聞いていたのだ。観衆よりももっと驚いたのは、デズデモナだ。「オテロが祈りを聞いていた」とデズデモナは一縷の望みも持つ。だが、オテロは動じない。マリアへの祈りなど、オテロにとってはなんの憐憫も生み出さない。これは恐い。この怖さは、「照明」から来た。
 【圧巻のフィナーレ】  最後のシーンは、文字通りの「圧巻」だ。罪もないデズデモナを絞め殺したオテロは、自らを剣で刺して死ぬ。死ぬときに、「最期の口づけを、口づけを……」と第1幕の初夜での台詞をいいながら、オテロはベッドの上のデズデモナににじり寄り、上にのしかかってキスをして息絶える - 。だが、二日目の公演のオテロは、なんと、ベッドの頭のところにうずくまったまま、この台詞をいい、ベッドにも上がらず、デズデモナにも近づかない。変な演出だが、いかにもオテロ役のパロンビが巨漢で肥満体。そのまま可憐なデズデモナの安藤赴美子に乗りかかったのでは、デズデモナは2回オテロに殺されることになる。安藤の希望か、演出家粟國淳のお情けかは分からない。「圧巻」であることには違いない。初日のオテロは福井敬。約束通り、デズデモナに軽々と口づけをして息絶えたそうだ。
【悲劇の賞賛】  全幕は、オーケストラの音が静かに引いていって、完全に消えたところで終わる。こういった終わり方は、終わったか、終わらなかったのかはっきり分からないので、見る方にとってはあまり嬉しくない。拍手のタイミングがとりにくいのだ。だが、さすがびわ湖ホールの観衆で、音が消えてから正確に、1、2、3、4と4秒経った途端に、ワァーッという叫びと万雷の拍手が起きた。ブラボーの大きな声も、舞台の合唱団と遜色はない。怨嗟(おんさ)の叫びならぬ、悲劇の賞賛であった。大成功であった。
【愚かではあるが】  だが、なぜ、主人公が二人とも死ぬのに、これほど拍手をして、ブラボーを発して讃えるのか。私たちは、オテロも、デズデモナも、決して愚かではあるが、卑怯ではないことを知っている。愛しすぎたがための悲劇だ。カルメンとドン・ホセの悲劇とはまったく違う。この二人は、愚かで、且つ、卑怯だ。「オテロ」はシェイクスピアの4大に悲劇の中でも、出色の「悲劇」だ。だれもが羨み、だれもが愛し尊敬する完璧な二人が、愛しすぎたがために破滅する。だれもが、この悲劇をとめられなかったがゆえに、後悔して、二人に謝り、懺悔する。オペラが終わったあとの拍手喝采とブラボーの声は、謝罪と懺悔の証だ。ヴェルディの《オテロ》の初演は1887年2月のスカラ座。ビゼーの《カルメン》の初演は1875年のパリのオペラ=コミック座だ。あとで初演された《オテロ》は古典オペラで、先に初演された《カルメン》はヴェリズモ・オペラだ。この二つのオペラは、琵琶湖と比叡山ほど違う。なぜか? ここには、地動説と天動説の違いがあり、プラトンとニーチェの違いがあり、アウグスティヌスの神学とダーウインの進化論の違いがあり、祝祭と呪祖の違いがあるからだ。このことについては、近々、名古屋モーツァルト協会の会員の小竹暢隆名工大教授からお誘いを受けて講演をすることになっているのでここでは記さない。
 【他生の縁】  オペラが、交響曲を演奏するコンサートやソロを聴かせるリサイタルと決定的に違うのは、お客の資質によってだ。コンサートとリサイタルの聴衆は、群がっているがそれぞれ孤独だ。ここには、隣の人との会話やあいさつはない。オペラの観衆は、オペラ座へ来るときから、心をわくわく、どきどきさせながらやってくる。だれかいたら、この喜びの予兆を話たくて仕方がない。他人と袖が振れても、足を踏まれても、これが他生の縁となって、見知らぬ者同士で話が弾む。オペラには、物語があるからだ。
【バス講座】  例によって、帰りのバスも、鈴鹿で渋滞に巻き込まれた。おいしいお弁当を食べ終わってホットしたところへ、渋滞だ。そこで、マエストロの登場となる。いま見てきたオペラの講評をする。みなさんには、目から鱗だ。笑ったり、感心したりしているうちに、名古屋へ着いた。みなさん、ご機嫌で、またイアーゴの待つ邪悪な社会へ帰って行った。