思い出のレコード

K.595 絹川達治

 65歳で40数年のサラリーマン生活に終止符を打つと同時に、名古屋モーツァルト協会に入会して早1年余。会員ページの記事を書くことになり、はてどうしようと悩んでいましたが、モーツァルト協会に入るまでのクラシック音楽への傾倒を深めたきっかけになったレコードのことを書いてみようと、理系の小生にとって不得意な文章作成に取り掛かりました。どうか我慢して読んでいただければ幸いです。

1)最初のクラシックレコード
レコードを自分でかけるようになったのは、ソノシートの「星条旗を永遠なれ」などのマーチ集でしたが、パイオニアのステレオが我が家に登場し、最初にはまったのは「新世界」(クーベリック/ウィーンフィル)
2)初めて買ってもらったレコード
上級生の器楽合奏を聴いて、「カルメン全曲が欲しい」と言う無謀なおねだりをうまくはぐらかされ買ってもらったのが、「カルメン」「アルルの女」組曲(アンセルメ)。アルルの女の前奏曲を「カルメン」と間違って記憶していたようで、2面に至って「これこれ!」という次第。4年生でした。

3)カラヤンとの遭遇
 5年生の音楽教科書の鑑賞曲「第9」の隣ページに指揮者の紹介がありました。トスカニーニ、ワルター、ストコフスキーとカラヤンの写真入りです(フルトヴェングラーではなくストコフスキー!「ファンタジア」の記憶まだ浅からぬ時期?)。父のコレクションに教科書と同じ写真をジャケットにしたレコード(「水上の音楽」と「くるみ割り人形」のカップリング)があり、カラヤンと同時に指揮者という存在に興味を持つようになりました。冬休みの宿題を友達とやっていた折、指揮者を問う設問に、カラヤンが一番いい答だと得意顔で皆に書かせた記憶が鮮明です。
4)初めての大物買い
6年生の時、兄と二人で小遣いを出し合って買った初めてのボックス物が、カラスの「カルメン」でした。買ったばかりのレコードをヤマハの視聴コーナーで、受話器のようなヘッドホンを左右分け合って聴いたのが、昨日の事のように思い出されます。家へ帰ってさっそく聴くと、組曲で馴れ親しんだメロディーが続き、あっという間に全曲を聴き通しました。その後は対訳を読みながら、あるいは解説やカラスの写真集を見ながら何度も聴いたものです。
5)モーツァルトへのきっかけ
モーツァルトはワルターの「劇場の支配人」の軽やかさを楽しむ程度でしたが、中学1年の時、ベームの「魔笛」を聴くや、まさに”はまった”という表現がぴったり。パパゲーノにはじまり、様々なアリア、デュエットどころか、ドイツ語のセリフに至るまでの気に入りようで、盤がすり減るがごとくとはこのことでしょう。友人が家に遊びに来ようものなら、有無を言わせず聴かせたものです。これをきっかけに一番好きな作曲家にモーツァルトがランクイン。定期テストが終わるたびに、納屋橋のヤマハに赴き、1枚ずつコレクションに加えるのが楽しみでした。

6)ワーグナーに到達
 ワーグナーはワルターの「巨人」の余白に入っていた「マイスタージンガー」前奏曲にはじまり、高校に入ってもマタチッチの「神々の黄昏」、セルの「指輪」オーケストラバージョンなどに留まり、歌付きとなると、兄が買ったベームの「トリスタン」や友人が楽劇を着々と買い集めているのを横目に、年末バイロイトのマゼールやシュタインの「指輪」のさわり部を聴く程度でした。変化は大学1年の時のベームの「指輪」。アナウンスされるやすぐに予約、イイノホールでの夜を徹した全曲鑑賞会にも参加。後にも先にも4部作を一気に聴きとおしたのはこの1回限りですが、好きな作曲家として、モーツァルにワーグナーが加わりました。最近、新国立劇場、琵琶湖と指輪チクルスに接するに及び、ようやく「ジークフリート」の真価に気づくなど、益々深みにはまりつつあるところです。
7)最近の楽しみ方
 レコードからCD、廉価な輸入盤の大人買いへと、コレクションは飛躍的に増えましたが、最近は買い求める機会がめっきり減りました。代わりに、お気に入りCDをリッピング、NASをiPadで操って、演奏会のプロデューサーよろしく、様々な曲、演奏を組み合わせ、聴き比べしながら楽しんでおります。

小生にとってエポックメーキングになったレコード、久々に思い出しながら書いてみました。皆様にも懐かしのレコードありませんか。