奈良・伎芸天
2014.6.7 奈良 伎芸天 恒例の親睦旅行は6月7日(土)37名の参加者で挙行。 行き先は古都・奈良である。 レポートK492 池田 |
先ず私たちを迎えて下さるのが阿弥陀如来座像である。光背を付けた堂々たる仏様である。 監視、ガイド兼任?の女性が仏様の左手に水かきがあることを教えてくれる。悩める衆生を一人漏れなくお救いして下さるのだそうだ。有難い仏様である。 狭い館内だが選りすぐりの国宝、重文の仏像が並んでいて、見る者を圧倒する。仏像の知識に乏しい私はただただお顔を眺めて満足。 いよいよお目当ての阿修羅像に対面する。実に不思議な仏様だ。古の仏師たちの技と心意気を感じた。 1時間足らずの見学では何か物足りない。後ろ髪を引かれる思いで国宝館を後にする。幸い雨は上がっていた。今回は興福寺のシンボルである五重塔や金堂は時間の関係でパスして昼食場所に移動する。 |
ものの数分で割烹・東吉に到着。立派な外観の日本建築である。 広い座敷に案内されて皆さん思い思いに席を占める。 <写真は古都奈良のちょっとぜいたくな日本料理店 割烹東吉> |
早速、水谷会長の音頭で乾杯。まだまだ二つのお寺見学(参詣)が残っている。通常お寺には酒気帯びでは入れない。調子に乗って飲むのは控えよう。 どのテーブルも話に花が咲いている様子。次から次へと料理が運ばれてくる。どれも美味だ。日帰り旅行では何といってもこのお昼の時間が一番大事というもの。 |
たっぷり1時間40分滞在。 お腹も満足したところで次の目的地・西大寺を目指す狭い道路から西大寺の静かな境内に入る。東大寺があるから西大寺がある。私にとって初めてのお寺である。 ここでは大茶盛を体験することになっている。 広い座敷に通される。女性は正座、男性は胡坐という坐り方も日本人らしい光景である。 寺僧からお寺や大茶盛の由来などを聞く。寺僧はその昔、東大寺に劣らず広大な寺域を有していた西大寺を誇りに思い、同時に今は小さくなってしまったことを残念がっている様子だった 。 |
大茶盛が始まる。先ず和菓子を賞味する。その間 比較的若い寺僧がお茶を立てて器に移す。口径1尺2寸の大茶碗が私たちの前に差し出される。 |
これを5人1組で回し飲みするのである。器はずっしりと重い。私の隣の女性グループの器は相当な重さらしく、一人が介添えしないと保持できない程だった。渋い味の抹茶を啜る。自分が口をつけた箇所を紙で拭い隣の人に手渡すという順番で進む。堅苦しい作法はないので誰でも体験できるのがうれしい。 こうして私たちの連帯が深まった?ところでお開きになり、陽がさんさんと降り注ぐ西大寺から最後の目的地・秋篠寺へとバスは走り出す。 途中、奈良競輪場があるのが気になった。秋篠寺や神功皇后陵がすぐ近くにある。奈良には似合わないのではないかと思う。 15分程で秋篠寺の駐車場に到着。 |
ここから少し登り勾配の細い道を数分歩くと南門である。門を潜ると風景は一変する。林(森)が左右に広がり、木の根元の苔が美しい。閑寂な雰囲気が何とも好ましい。誰をも清々しい気分にしてくれるだろう。 |
境内は狭いので本堂はすぐ近くだ。国宝の本堂に入る。 真っ先に出迎えてくれるのが伎芸天である。寺僧の説明を聞く。 |
伎芸天は二つの時代(平安、鎌倉)にまたがった作品であること、動きが感じ取れる像であることなどを教わる。 そして天気の日には像の影に注目して欲しいとの事だった。そうか影かと、私も影を眺める。 背後の壁に優しく映る伎芸天の線の美しさを初めて知ったような気がした。他の仏様はそこそこに私は伎芸天を凝視していたのだった。 |
本堂を出て、協会専属?のカメラマンである竹内さんのカメラに全員が納まる。40分程の滞在で駐車場に戻る。 帰り際、秋篠寺からわずか数十メートル付近の所で民家の焼け跡の残骸を目にした。お寺の関係者はきっと肝を冷やしたことだろう。何はともあれお寺に被害が及ばなかったのは幸いだった 午後4時、すべての日程を消化して私たちは奈良を後にした。 途中、道の駅・針でお買いもの休憩をして一路名古屋に向かってバスは快調に走る。渋滞もなく最後の休憩場所である御在所SAに到着。空は残照の時間帯。20分程体をほぐしていざ出発。今回も事故にも遭わず無事金山に到着。7時19分であった。 皆さんのご協力に幹事の一人として感謝したい。併せて一日中いろんなところで気を使い、奮闘してくれた井元幹事にもお礼を申し述べたい。 <完> |