舞鶴日帰りバス旅行記

日帰りバス旅行
1.実施日  2015年4月25日(土)
       【8時金山出発~19時帰着】
2.行き先  海鮮市場・卑弥呼(昼食)・赤れんがパーク・舞鶴引揚記念館・舞鶴港(遊覧船)
3.会費 10,000円
 今年の親睦旅行は諸般の事情により4月に繰り上げて実施。行き先は舞鶴である。ここは戦地からの引揚者が故国に上陸した港の一つである。今年は戦後70年。いろんな困難に出遭いながら、命からがら舞鶴に引き揚げて来られた方々に思いを馳せるのも有意義であろう。とは言いつつも日本海の美味しい魚を賞味するのが一番の目的か。何はともあれ楽しい仲間とわいわいがやがやと旅をするのが、我がモーツァルト協会の流儀なのである。
4月25日金山を8時過ぎに出発。バスの中は33名の参加者。お天気は心配なし。バスは名古屋高速から名神へ。50分程で伊吹SA着。ここで第1回目の休憩をとる。ここから暫く走ると米原JKT。北陸自動車道に入る。窓の外は木々の緑が瑞々しい。
所々に山桜がまだ少し残っていた。北陸自動車道は敦賀でお別れ。ここから舞鶴若狭自動車道に入る。未開通区間だった敦賀から小浜までは昨年7月に開通したばかり。真新しい道路がなんとも気持ちいい。でも片側1車線とトンネルの多いことが難点か。
交通量は少なくバスは快調に走る。窓の外には田んぼが広がっている。もう準備万端の様子。間もなく田植えが始まりそうだ。10時過ぎ三方五湖PAに到着。2回目の休憩。
このPAには展望台があり湖の一つが見渡せるようになっている。美しい風景が眼前に広がっていた。東名高速・浜名湖SAの小型版といったところか。
若狭といえば水上勉を思い出す。この地方の寒村に育ち、小学校の途中で京都のお寺に小僧として預けられたことは、よく知られた話である。今、高速道路が若狭地方を横断していることや、原発問題(若狭は原発銀座)で日本が揺れていることを地下の水上勉はどんな気持ちで眺めているのだろうか。
こんな思いを巡らしているうちにバスは舞鶴西ICから舞鶴市内に入る。11時20分過ぎ、道の駅「舞鶴とれとれセンター」に到着。
魚類を始めいろんな商品や土産物が並んでいる。海産物を扱っているというのにちょっと活気がないように感じた。店員がもっと 声を出し、新鮮でお値打ちということをアッピールして欲しいところ。
旅先でおカネを落とすのは旅人の 務めであり、思いやりではないかという素敵なお考えを持った我が仲間たちは、40分程お買いものを楽しんだ様子でなによりだった。
 お昼になった頃、バスで昼食場所に移動する。お店の名は何と「卑弥呼」という。うーん卑弥呼は北九州か大和のいずれかに、お住まいではなかったか。それはともかく私たちは2階の座敷に勢揃いする。貸し切りである。
4グループに分かれて坐る。このことが仇となって鐘ヶ江さんの乾杯の音頭が徹底せず、悪い事をしてしまった。(鐘ヶ江さん、ごめんなさい)
料理は高い?予算を設定したこともあってどれも美味であった。

やはり日本海の魚は文句なく美味しい。その上昼酒である。左党にとってこんな極楽はない。
生きている嬉しさをしみじみと感じるひと時でもある。
1時間半程の昼食時間は瞬く間に過ぎ、引揚記念館に向かう。赤レンガパークの一画にある引揚記念館の展示室は2階にある。さほど広くはない。館内には絵画、写真、遺品などが展示されている。
年配の女性ボランティアガイドがこれだけはよく見て下さいと、1枚の写真を指差した。それは水葬の写真であった。船中で力尽きた幼児だろうか、海に葬られる瞬間が切り取られていた。引き揚げ時にはこんなドラマが数多くあったことだろう。
 30分程見学した後、歩いてすぐ近くの港へ。
港内巡りの船に乗るのである。小型の遊覧船の名は「あさなぎ」。貸し切りであった。舞鶴は天然の良港。波は静かである。船は予定時刻より早く出航する。
多くの自衛艦が停泊していた。全部揃うと12隻との事。今日は10隻が停泊している。説明しているのは現役自衛官。当たり前だろうが艦船についての知識は並大抵ではない。馴れているのだろう、説明は流暢なものだ。イージス艦を始め巨艦がゆったりと横たわっていた。その情景は見る者を圧倒する。
海軍ファンにはたまらないのではなかろうか。12隻合わせれば、どれだけの巨費が投入されているのだろう。バカな政治家の判断で出撃することがあってはならないと願うのみだ。私の隣にいた某氏は、「これだけ自衛隊の宣伝をするのだったら料金は無料にして欲しいよね」と呟いていたが同感である。
港に面して昔の海軍工廠を引き継いだ造船所やガラス工場があるのも舞鶴らしい。30分の遊覧を終えて3時半過ぎ帰途に就く。途中、刀根PAと伊吹SAで休憩をとり夕方6時48分無事金山に帰着。ほとんど予定時刻通りだった! 道中いろいろとご協力頂いた参加者の皆さんにお礼を申し述べたい。   (追記)
 今年ご都合の悪かった方、来年はぜひご一緒しましょう。  K.492 池田
(写真提供はK.407 小林ほか)