都築顧問講評

「よう折の天才 カンテルリ」のお話、
「アイヌ神謡集に寄せて」を読んで
都築正道・名古屋モーツァルト協会顧問
 みなさま、こんにちは。今日は全国的に2016年9月4日の日曜日です。(笑い) 9月4日なので「クラシックの日」だそうです。このおめでたい日に、こうやって名古屋モーツァルト協会の例会が開かれ、多くの会員のみなさまが一堂に会して、碩学の鹿嶋会員のお話が聞けるのはとても幸せなことです。今回のご発表も、とても素晴らしかったですね。鹿嶋会員、ありがとうございました。とても感激しました。

 幸せの正体  「幸せ」は、お金ではない。地位でも、名誉でもない。権力でも、ゴルフのロー・ハンディでもない。では、「幸せ」とはなにか? NHKのEテレの人気番組「スーパープレゼンテーション」で、精神科医のハーバード大学医学部臨床教授ロバート・ウォールディンガーが、「史上最長の研究が明かす 幸福な人生の秘密」(What makes a good life? Lessons from the longest study on happiness)(2016.05.12.)として語った結論は、いたって平凡 ―
「この75年にわたる研究からわかったのは、いい人間関係が幸せと健康の秘けつだということ」(The clearest message that we get from this 75-year study is this: good relationships keep us happier and healthier, period.)
 
尊敬と共感  最高に「いい人間関係」といえば、それはむろん、名古屋モーツァルト協会のことです。本日も大勢のみなさまが、会員の発表を楽しむために集まってきました。例会でのどの発表も、その人ならでは選りすぐりのテーマを詳しく調べて自らが得々と語るものです。ここ数回、今回の鹿嶋さまもそうですが、どれも素晴らしい、独創的な例会発表がつづきます。特に、最近では、赤井俊郎先生のご発表に感心しました。
テーマは「なぜ、クラシック音楽は衰退したのか?」。
 赤井先生は、次のように結論づけます ―
 まず、いまの小学校の音楽教育が間違っている。先生がいい音楽を授業中に聴かせることだ。それも、先生自らが、「これはいい曲ですよ。音楽は素晴らしいですよ」というだけでいい。児童・生徒たちがその先生を尊敬していれば、そのまま素直に受けとって音楽を聴き、素直に感動する。そして、音楽が好きになるのだ。
 この言葉に、感動しました。ここには、それが小学生と先生の間であっても、「いい人間関係」ができあがっているのです。この「いい人間関係」を実現することができるのは、そこにお互いの「尊敬と共感」があってのことです。
共感  モーツァルト協会の例会は、「百科全書」です。座っているだけで、音楽に関するいろいろな知識がわたしたちの胸に飛んできます。
 それは鳥のように私のところへ来て巣を作った。それゆえにわたしはそれを愛し、胸に抱いた。いまそれはわたしのところで黄金の卵をかえそうとしている。(ニーチェ)そういった知識の萌芽である「黄金の卵」を、
例会に参加することによって私たちの心の中に得ることができるのです。
 本日ここで、鹿嶋さまのカンテルリのお話を聞きました。私たちは、これまであまり知らなかったカンテルリについて、多くのことを学びました。これからは、協会の会員はすべて、モーツァルトの交響曲や「フィガロ」を聴く度に、カンテルリのことを思い出すでしょう。
 これを「共感」(sympathy)といいます。モーツァルト協会の例会は、丸ごと「共感」の場です。
 尊敬されたい  発表者は、尊敬されたいがために、一生懸命勉強して発表するのです。でも、ここで「尊敬」という言葉に誤解があってはなりません。むろん、鹿嶋さまは、みなさんに尊敬されたいのですが、それは決して、みんなに威張りたいからではありません。優越感を得たいからでも、リーダになりたいからでも、誉めてもらいたいからでもありません。
 ここでいう「尊敬の念」とは、優れた発表をすることによって、誠実な人である、実行力のある人である、努力の人である、公平な人である ― とその「人格」を認められたい、ただそれだけなのです。
 
ゴルフの優勝者  日本ではあまりそうではないのですが、外国では、例えば、とりわけゴルフの優勝者はとても尊敬されます。それが、アマチュアの大会であれ、プロのトーナメントであり、優勝者は拍手喝采で讃えられます。なぜかというと、ゴルフは最初にボールを打ったらカップ・インするまでボールに触れてはいけないという大原則があります。しかし、途中でいろいろな出来事が起きます。ボールがどこかへ行って見つからなかったり、知らずに自分のボールを蹴飛ばしたり、だれから順番に打っていくか、池の落ちたらどうするかなどなど、百を越えるトラブルがあります。そのそれぞれの事態に備えて、対処の仕方がルールとして決められています。そういった煩雑なルールをすべて知っていて、それを正しく正確に判断でき、実行できる能力を持っている「正義の人」でなければ優勝者とは認められません。同時に、ゲームですから、「技術」も人より優れていなければなりません。あれやこれやで、優勝は至難の業です。そんな中にあって、それでも優勝するのですから、優勝者はだれからも尊敬されて当然です。
世界一のカンテルリ研究家  いま、日本で、いえ、世界で一番カンテルリについて詳しい専門家といえば鹿嶋さまです。(笑い) 今日のご発表のために寝食を忘れて勉強なさったに違いありません。それで鹿嶋さまは、いま、一番新しい知見と学説をもったカンテルリの最高の専門家ということになります。
 それに、鹿嶋さまはモーツァルト協会の機関誌の編集・作成を担当をなさっておいでです。私たちは、本日のその新しい機関誌9月4日号74号を受けとることができました。例会発表の時期と機関誌発行の時が重なって二倍の努力が必要であったことでしょう。それを可能にした鹿嶋さまの才能は尊敬に値します。
夭折の天才  鹿嶋さまのご発表の題は、「夭折の天才 カンテルリ」です。指揮者の『カンテルリ』は、1920年、ミラノ近郊のヴォヴァラで生まれました。父はイタリア軍の軍楽隊の隊長でした。36才のカンテルリが乗ったパリからニューヨ-クに向かう飛行機が、離陸に失敗して墜落しました。生存者はわずか2名。その中にはカンテルリはいませんでした。予定されていたニューヨ-ク・フィルのコンサートは、カンテルリに代わってバーンスタインが指揮をしました。カンテルリが亡くなった翌年、トスカニーニが亡くなりました。
モーツァルトを得意  カンテルリは、1945年25歳のときにスカラ座やRAI、フェニーチェ歌劇場やボローニアのオーケストラを指揮した天才です。トスカニーニに認められて、アメリカのNBCやフィラデルフィアのオーケストラも指揮しました。
 1953年(33歳)と1954年(34歳)のザルツブルク音楽祭では、ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団を指揮。モーツァルトの生誕200年にあたる1956年(36歳)には「コジ・ファン・トゥッテ」の指揮と演出を担当しました。
 鹿嶋さまは、発表中に、カンテルリがフィルハーモニア管弦楽団を指揮したモーツァルトの「交響曲第29番」を聴かせて下さいました。この変わり身の早い楽曲を、カンテルリは自由自在、融通無碍、インスピレーション一杯に指揮しています。この作品のベスト・スリーに入る名演奏です。このカンテルリ版「交響曲第29番」が聴けただけでも、今日は幸せでした。鹿嶋さまやモーツァルト協会メンバーのみなさまとご一緒に、モーツァルトの名曲の名演奏を「共感」できた喜びは、生涯にわたって大きなものがあります。
 K617田口さまとアイヌ  先ほど、機関誌「協会通信」について触れましたので、ついでにお話をしておきたいのです。この「通信」は、いつも素晴らしい内容の投稿や記事が満載です。隅々までなんども読みます。「協会通信を手に入れたいために会員になった」という方が多数おいでなのもよく分かります。
 今回のご投稿の中で特に感心したのは、田口さまの「アイヌ神謡集に寄せて」です。一読驚嘆。田口さまは仲の良い会員のお一人としてよく存じ上げているのですが、これほど騎士道精神のある偉大なザラストロとは知りませんでした。3頁にわたる堂々たる論説です。ここでは、田口さまは、アイヌ神謡集「カムイユカラ」とその神謡集を初めて日本語の文献として残した知里幸恵について詳しく述べています。
 いままでわたしはこのアイヌ神謡集を、コアラの好物のように「ユーカラ」と伸ばして発音していましたが、「ユにアクセントがあるのでユカラです」と田口さまに教わりました。
義憤  田口さまがアイヌ民族に関心を持ったのは、音楽や文化への興味からではなく、20年ほど前に、「北海道旧土人保護法」が社会的な問題となったときでした。この保護法は、1809年に制定されたもので、「文明国としては些か恥ずかしい内容」(田口)のものだったのです。また、田口さまは、「幸恵の業績を紹介するとともに、アイヌ文化を広く伝える場」である銀のしずく記念館の設立にあたって、「義憤のようなものにかられ、直ぐ貧者の一灯を捧げ、爾来友の会会員としてささやかなご協力続けている」ということです。田口さまの義憤に共感し、田口さまをなお一層尊敬します。
 知里幸恵(ちりゆきえ)
別のお話  因みに、「銀の雫(しずく)文芸賞」というのがあります。これは、知里幸恵の「銀のしずく記念館」とはまったく関係のないお話です。「戦争ですべてを奪われ、天涯孤独の身で日雇い労働者として働き続けた作家雫石とみ」さんが、日雇い労働でこつこつ働いて建てた家と土地を売って作った私財2800万円を投げ打って創設した文芸賞です。「高齢社会をどう生きるか? 生きがい、介護、世代間の交流など時代の流れを生き抜く人間模様を、豊かに力強く描いた小説」に対する賞です。
 毎年、NHKで入選作をドラマとして放送しています。心優しいわたしは、いつも泣きながらドラマを聞いています。(笑い) 改めて、知里幸恵さんと雫石とみさんの業績に共感すると共に、大きな尊敬の念を抱きます。
  知里幸恵 銀のしずく記念館
発表と投稿のすすめ  次回の例会発表も楽しみです。また、「協会通信」には、水谷康男会長を筆頭に、多くの会員が投稿なさっておいでです。どれも個性的な内容ばかりで、さすが名古屋モーツァルト協会ならではの充実したものです。読めば読むほど、「どうすれば、その当該人物や関係者の家族でなければ知ることができないような、微に入り細にわたった話が書けるのだろうか?」と思います。例会発表もそうですが、担当した会員の人物そのもの、その人の生き方や信条、環境や趣味や「財布の中身」(これは冗談)などをもっと知りたいと思います。知れば知るほど、さらに共感と尊敬の気持ちが増すことでしょう。では、次回の例会でまたお会いしましょう。
                                       2016/09/06 都築正道

 

2016年10月31日